2.1広い特許(8)
独占的排他的効力を発揮する「良い特許」は、広い保護と強い保護を受けられる特許であろう。
(1)SIMPLE IS BEST(多記載狭範囲の原則(9))
セールスポイントをシンプルにクレームに落とすことが広い特許を取得する上で重要である。
この「SIMPLE IS BEST」は、広い特許の評価のためには、非常に重要な明細書評価要素(以下、単に評価要素という。評価要素が数値で表現できる場合、数値指標ということにする。)の一つであり、請求項の字数は数値指標になり得る。当然のことながら請求項の字数は少ない程広い特許の評価は高くなろう(10)。
(2)水平展開、垂直展開
水平展開、垂直展開を考慮して広い特許を取るべきであるというのはよく言われている。
○水平展開は、例えば物の発明であれば、その物の製造方法、その物の用途発明等の関連分野までも特許が取れないかと発明思考の水平展開を図ることである。
○垂直展開とは、下位概念から上位概念を抽出して発明思考の垂直展開を図ることである。
一般には、垂直展開は、従属請求項で表現された請求項をクレームアップすることによって達成されよう。
(3)その他
マーカッシュ形式記載発明は、広い特許を取得する記載方法の一つであり、マーカッシュ形式記載発明については、請求項の字数は少なければ良いということは有り得ないが、サポート要件違反のおそれがあり、明細書で十分説明しておく必要があろう。
また、プロダクトバイプロセス記載発明、数値限定発明によっても、広い特許が取れる場合が有り、できるだけ広い特許となるように検討し、かつ後日折角の特許が否定されることのないように明細書で十分説明しておく必要があろう。例えば、数値限定発明で、数値の臨界的意義を表示できるだけの十分な実施例の数が必要となり、明細書で十分説明しておく必要があろう。
2.2強い特許
強い特許とは、訴訟の際に強い特許のことをいうものであろう。具体的には以下のものが強い特許であろう。
(1)無効にされ難い特許
侵害訴訟では、被告側は原告特許には無効理由がある旨主張するのが一般的になっており、無効理由があるから、特許権利者側が権利行使できない(11)というのでは、強い特許ということはできない。したがって、無効にされ難い特許ということが、強い特許の第一条件である。
無効にされ難い特許は、先行技術調査を行って、先行技術との比較においてクレームの特徴的要件が進歩性をクリアしていることを明細書によりサポート記載していることをいう。
(2)立証し易い内容のクレーム
一般的には、方法の特許よりも、物の特許の方が強い特許であると言われている。なぜならば、製造方法の発明は、工場に立ち入り検査等をしなければ立証できないが、商品は市場に出廻っているので誰でも容易に入手でき立証が容易だからである。製造方法の発明は、強い特許ということはできず、日本ではノウハウとして保持すべきと云われたこともあった。多面的保護を図るべく多項制を導入した経緯から、より望ましくは、広い特許を取得すべく、物の発明、製造方法の発明の両方をクレームするのが望ましく、かつ、それを明細書で十分サポートしておく必要があろう。
(3)高金額の対象物のクレームアップ
請求項については上から下に行くに従って高金額化となるようクレームアップするのがよい。
訴訟の際(実施交渉の際も同様)、対象になるのはクレーム記載の発明であり、クレームに低金額なものの発明しか記載していなかった場合、少なくとも高金額のものが対象となることは絶対に有り得ない。
2.3スキのない特許
個々には広くて強い特許であってもスキがあっては駄目特許であり、特に広過ぎる特許の場合はスキのない特許にすべくパテントマップ等を利用して特許を取るように特に注意を払うべきである。なお、特許になった時点で、広過ぎる明細書は、相手に実施させないための「排他的効力」は少なくとも発揮しているのであり、それはそれなりの価値がある。しかし、広過ぎてスキがあれば自分が実施できなくなる場合がある。事業のために役に立つ「スキのない特許網」であり、できるだけ特許網で評価すべきである。特許明細書を見て後発メーカーは諦めてくれることも期待できよう。
数値指標としては、請求項の字数、請求項の数、明細書の字数が考えられよう。スキのない特許であるために要求されることは、請求項の字数は少なくて広い特許で、請求項の数は多く多面的保護が達成されており、さらに、内容の濃い緻密な文章が記載されており明細書の字数が多いということである。
3.「良い明細書」の数値指標(定量的評価(12))
良い明細書作成方法について説明したとしても、結局は作成された明細書により数値指標により評価することが重要である。個々の明細書にとらわれるのではなく,全体を把握して自分が作成する明細書を位置付けるのは、孫子の兵法の一に「彼(全体)を知り己を知らば百戦危うからず」とあることからも、非常に重要であると思われる。
数値的指標は、前述してきたように定性的評価を上手に説明できるように設定される必要がある。
以下、(定性的)評価要素と数値指標との関係をマトリックス形式で纏めたものが表1である。
表1 評価要素と数値指標のマトリックス
|
数値指標
|
請求項の字数
|
請求項の数
|
明細書の字数
|
広い特許
|
SIMPLE IS BEST
|
○
|
×
|
×
|
水平展開、垂直展開
|
×
|
○
|
○
|
強い特許
|
無効にされ難い特許
|
○
|
○
|
○
|
立証し易い内容の
クレーム
|
×
|
○
|
○
|
高金額の対象物の
クレームアップ
|
×
|
○
|
○
|
スキのない特許
|
×
|
○
|
○
|
その他
|
セールスポイントと
特許技術の特徴を一致させること!
|
×
|
×
|
×
|
ここに、○は直接関係することを意味する。×は直接関係しないことを意味する。
3.1請求項の字数
「SIMPLE IS BEST」に対しては、表1からも分かる通り数値指標は、請求項の字数と大いに関係しよう。特に大事なのは、第1請求項の字数であろう。最も広い特許を第1請求項にクレームアップするからである。
クレーム表現「SIMPLE IS BEST」は、前述したように“多数記載狭範囲の原則”の別表現であるので、一般的には請求項の字数が少ない程、広い特許に対応しているということができる。
請求項の字数は、PATOLIS等のデータ中には存在しない。特許公報全文データから請求項を抽出して字数をカウントすることは可能である。文字情報の特許公報全文データについて、文字カウンターで字数をカウントする。字数カウントについて、空白はカウントしないこととした。明細書の字数についても同様である。
3.2請求項の数
請求項の数については、請求項の数が多い場合には、多面的保護が図られ、広い特許と強い特許の両方を兼ね備えた特許と言うことができよう。補正についても予め審査対象となる請求項を多数用意しているようなもので特許性の向上の面も有ろう。特許後は、異義申立されても、被異義対応容易な面もあろう。
請求項には、独立請求項と従属請求項の二種類が有る。
独立請求項の数は、例えば、物の発明と方法の発明、物Aの発明と物Bの発明というように水平展開についての数値指標になると考えられる。
一方、従属請求項の数は、上位概念から下位概念化を図るように垂直展開についての数値指標になると考えられる。
3.3明細書の字数について
明細書の字数は、当初の明細書の範囲内で拒絶対応等を行なうことになるので、明細書の字数は多い方が、特許前は特許性が高く、特許後は特許性否定が容易でない特許、すなわち強い特許と言うことができよう。
また、隠れクレームを明細書に記載しておけば、明細書の字数は増えることになる。
ここに、隠れクレームとは、特許請求の範囲には記載されてはいないが、明細書には記載されており、補正又は定性によりクレームアップすることが可能なクレームをいう。
3.4その他
セールスポイントと特許技術の特徴を一致させること!についての数値指標は設定することは難しいであろう。
商品の特徴と特許の特徴とを一致させて、セールストークによる営業活動と「良い特許」の機能の相乗効果により、さらにライバル会社よりも優位に立つことができ、事業を成功させることができるからである。
コンピュータにこの定量的評価をさせるような数値指標を見つけることは重要であるが、非常に難しいと思われる(13)。
4.明細書の定量的評価方法
4.1考え方
「木を見て森を見ず」の諺が有るが、明細書作成の定量評価では「全体である森を見て、個である木を見る」の例え通り、全体の出願明細書の数値指標(総合数値指数を含む)の平均値と標準偏差を把握して、明細書作成者Xが作成した明細書の偏差値から、全体においての明細書作成者Xの作成した明細書の位置付け(ランク付け)をして客観的評価をしようとするものである。
例えば、全国模擬試験が行われたが、参加できなかったXが、その模擬試験問題を自己採点して、模擬試験の各科目毎の平均点と標準偏差を把握した上で、自分の偏差値を計算して、全体における自分の位置付け(ランク付け)を知ることと同じ考え方に基づいている。
4.1母集団(標本)
明細書データとしては、出願データ(包袋データ)であるが、例えば、2005年の特許出願データが考えられ、本論説では、2005年の特許出願データを母集団と考えた。
母集団の数は、2005年の出願件数は、38万件強となっており、全データにおける各数値指標データ毎に平均値と標準偏差を算出することも、各出願データの明細書の字数等を自動算出するコンピュータシステムが有れば、母集団の平均値と標準偏差を算出することはできるが、費用対効果の観点から、110件の標本を母集団と考えて、標本(無作為サンプリングデータ)における各数値指標の平均値と標準偏差を全データにおける各指標データ毎に平均値と標準偏差と近似することとした。
4.1数値指標
数値指標は、①−(第一請求項の字数)、②請求項の数、③明細書の字数(全頁数)を考える。
ここに、第一請求項の字数の符号が−になっているのは、第一請求項の字数は少ないほど、−(第一請求項の字数)が大きくなり、明細書作成の評価点が高くなるように設定したものである。
そして、総合評価のためには、上記数値指標の線形関数として総合数値指標を定義することが大事である。ここに、総合数値指標も数値指標の一つとなる。
母集団(標本)の各数値指標について、各数値指標の平均値と標準偏を求め、各データの偏差値を算出して各データを評価する方法が模擬試験等の定量的評価方法としてポピュラーである。
そして、明細書Jについて総合数値指数の偏差値が大きい程、明細書Jの総合的位置付け(ランク付け)が高いことになる。
次に、総合的に定量評価を行うための総合数値指標について説明しよう。
上記のようにして、数値指標毎に偏差値が定まり、それを二次形式で表現される式の計算を行なって総合数値指標が決定されることになる。明細書Jの総合数値指標は、次式のように決定される。
TJ=C1*tJ1+C2*tJ2+……+Cn*tJn ……(1)式
ここに、C1、C2……Cnは、重み付け定数である。
tJ1、tJ2、……tJnは、各数値指標の偏差値を表す。
nは、数値指標の数を表す。
明細書Jの総合数値指標も、数値指標の一つであり、総合数値指標の平均値と標準偏を求め、各明細書毎に偏差値を算出して各明細書Jを定量的に評価することが可能である。
この明細書Jが良いか悪いか全体的な評価がとにかく欲しい場合は、総合数値指数の偏差値で、全体における明細書Jの位置付け(ランク付け)を知ることができる。
さらに、各数値指標の偏差値は、明細書Jについてどこが悪かったどこが良かったかの理由付けを行うときに、便利な数値指標である。
4.2具体的計算方法
以下、表2 Excelを用いた表計算 を参照しながら説明する。
具体的計算方法は、Excelを用いて簡単に、母集団(標本)の平均値と標準偏差を計算し、さらに、各数値指標毎に偏差値を算出するものである。
各数値指標の平均値、標準偏差は、それぞれ関数AVERAGE、関数STDEVを用いて算出する。
各数値指標の偏差値は、関数SUMPRODUCT、関数STANDARDIZEを用いて算出する。求められた偏差値は、平均値が50で、標準偏差が10となる。
第1行のセルA1、B1、C1は、それぞれ各数値指標である①−第1請求項の字数②請求項の数③明細書の字数を入力する。
第1行のセルA1’、B1’、C1’には、A1、B1、C1の偏差値が自動的に計算され出力される。
D1には、A1’、B1’、C1’の総和(総合数値指標)の関数として定義し計算され出力される。すなわち、第1行のセルD1には、D1=A1’+B1’+C1’で自動的に算出され出力される。
第1行のセルD1’には、D1の標準偏差が自動的に算出され出力される。
D1はドラッグすると、D1からDnまでA列、B列、C列に数値が入力されていれば、D列は自動計算される。
An+1及びAn+2には、A列の数値の平均値μ1及び標準偏差σ1が自動計算され出力される。
Bn+1及びBn+2には、B列の数値の平均値μ2及び標準偏差σ2が自動計算され出力される。
Cn+1及びCn+2には、C列の数値の平均値μ3及び標準偏差σ3が自動計算され出力される。
Dn+1及びDn+2には、D列の数値の平均値μ4及び標準偏差σ4が自動計算され出力される。
表2 Excelを用いた表計算
番号
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
1
|
A1
|
A1’
|
B1
|
B1’
|
C1
|
C1’
|
|
|
D1
|
D1’
|
2
|
A2
|
A2’
|
B2
|
B2’
|
C2
|
C2’
|
|
|
D2
|
D2’
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
n−1
|
An−1
|
An−1’
|
Bn−1
|
Bn−1’
|
Cn−1
|
Cn−1’
|
|
|
Dn−1
|
Dn−1’
|
n
|
An
|
An’
|
Bn
|
Bn’
|
Cn
|
Cn’
|
|
|
Dn
|
Dn’
|
n+1
|
μ1
|
−
|
μ2
|
−
|
μ3
|
−
|
|
−
|
μ4
|
|
n+2
|
σ1
|
−
|
σ2
|
−
|
σ3
|
−
|
|
−
|
σ4
|
|
5.母集団(標本)の各数値指標毎の平均値と標準偏差の算出
以下は、2005年に出願されて公開された特許出願から110件無作為抽出された特許出願1、2、3……108、109、110に対して数値指標として、①−(第1請求項の数)、②請求項の数、③明細書の字数の数を設定し、数値指標毎に平均値と標準偏差を求めて、これを総合数値指数を求める(1)式に代入して総合数値指標の数値が決定される。
重み付け定数は、C1=C2=C3=1とすることとした。すなわち、各偏差値の総合点で評価することとした。
このようにして、各数値指標の平均値と標準偏差、及び偏差値を求めた後、前述の(1)式に代入し、総合数値指数の数値を求め、総合数値指数の偏差値を求めれば、一つの評価点が求められる。
そして、総合数値指数の偏差値の高い順に並べなおしたものが、表3である。
表3 2005年の特許出願
番号
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
出願1
|
-163
|
56.74
|
50
|
105.2
|
20292
|
59.50
|
21
|
53.91
|
221.4
|
89.63
|
出願2
|
-302
|
47.21
|
32
|
80.89
|
28156
|
70.31
|
29
|
60.03
|
198.4
|
76.66
|
出願3
|
-118
|
59.82
|
23
|
68.74
|
21720
|
61.47
|
33
|
63.09
|
190.0
|
72.21
|
出願4
|
-107
|
60.57
|
25
|
71.44
|
17151
|
55.19
|
19
|
52.38
|
187.2
|
70.64
|
出願5
|
-325
|
45.64
|
11
|
52.54
|
41521
|
88.67
|
119
|
128.6
|
186.85
|
70.44
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
途中省略
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
出願106
|
-442
|
37.63
|
3
|
41.74
|
7671
|
42.17
|
9
|
44.74
|
121.5
|
34.21
|
出願107
|
-497
|
33.86
|
3
|
41.74
|
9890
|
45.21
|
11
|
46.27
|
120.8
|
33.81
|
出願108
|
-599
|
26.87
|
4
|
43.09
|
10961
|
46.69
|
12
|
47.03
|
116.6
|
31.50
|
出願109
|
-557
|
29.75
|
2
|
40.39
|
9849
|
45.16
|
10
|
45.50
|
115.3
|
30.75
|
出願110
|
-615
|
25.78
|
4
|
43.09
|
7199
|
41.52
|
8
|
43.97
|
110.4
|
28.02
|
平均値
|
-261.4
|
-
|
9.118
|
-
|
13374
|
-
|
15.88
|
-
|
150.0
|
|
標準偏差
|
146.0
|
-
|
7.407
|
-
|
7279
|
-
|
13.08
|
-
|
18.03
|
|
日本の2005年特許出願の母集団の平均値と標本の平均値は等しくなることが統計数学から証明される。ただし、ここでは母集団も標本も正規分布であると仮定する。
ここに、①第1請求項の字数は、95%の信頼度で、標本平均値±標準偏差/標本数平方根の間、すなわち−261.4±13.92の間にあることが証明されている。さらに精度を上げるためには、サンプリング数を増やす必要がある。
同様にして②請求項の項数は、95%の信頼度で、標本平均値±標準偏差/標本数平方根の間、すなわち9.118±0.706の間にある。
同様にして③明細書の字数は、95%の信頼度で、標本平均値±標準偏差/標本数平方根の間、すなわち13374±694の間にある。
ここでは、出願1の偏差値が一番高い。逆に出願110の偏差値が一番低い。この評価は、数値指標を設定し、総合数値指数(1)式の重み付け定数を決定すれば、自動的に最終の評価偏差値が求められる。
したがって、上記より、日本2005年特許出願の各数値評価の数値の平均値と標準偏差は、表3から知ることができる。平均値と標準偏差を知ることは、明細書を書くものは、当然それ以上の偏差値を獲得すべく努力するので、目標値を与える意味で意義がある。
6.明細書の定量的評価方法の適用例
6.1Xが作成した明細書への適用例
「森を見て木を見る」の例え通り、全体を見て個の明細書を評価する手法について述べる。
すなわち、ある明細書作成者Xが作成した明細書Jの評価を行うこととする。偏差値は、表3で算出した各指標の平均値と標準偏差を利用する。
明細書作成者Xが作成した明細書Jの数値指標を求めて、Excelのセルに入力する。
ここに、明細書Jの各数値指標①②③を、セルA1、A2、A3に入力する。
偏差値A1’、A2’、A3’は、母集団(標本)における各数値指標①②③の平均値と標準偏差を使用して求められる。そして、総合数値指標D1は、総合数値指標D1=A1’+A2’+A3’として求められる。具体的な計算式は、下記の注を参照して下さい(14)。
表3の各数値指標の平均値と標準偏差を使用して偏差値を求め、その結果を表4に示す。
表4 明細書作成者Xが作成した明細書Jの数値指標
明細書の
表示
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の
字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
J
|
-173
|
60.61
|
10
|
51.19
|
16872
|
54.81
|
16
|
50.09
|
166.61
|
59.21
|
総合的には、偏差値が59.21ということで、①−請求項数の字数が偏差値は、高いということである。全体が、②請求項の数、③明細書の字数が平均的に高いので、上記のような結果となった。
6.2実用新案登録出願の明細書への適用
次に、2005年の実用新案登録出願について、11件無作為抽出された実用新案登録出願の各数値指標とそれらの平均値は以下の通りである。
表5 2005年の実用新案登録出願
番号
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
出願1
|
-117
|
56.10
|
8
|
65.43
|
7533
|
60.64
|
9
|
53.38
|
182.2
|
71.15
|
出願2
|
-214
|
46.76
|
10
|
72.23
|
6071
|
55.74
|
17
|
72.00
|
174.7
|
66.26
|
出願3
|
-139
|
58.98
|
3
|
48.46
|
5709
|
54.53
|
8
|
51.06
|
157.0
|
54.58
|
出願4
|
-93
|
58.41
|
4
|
51.85
|
1524
|
40.52
|
4
|
41.75
|
150.8
|
50.51
|
出願5
|
-67
|
60.91
|
3
|
48.46
|
1042
|
38.90
|
3
|
39.42
|
148.3
|
48.86
|
出願6
|
-354
|
33.29
|
1
|
41.67
|
10824
|
71.64
|
13
|
62.69
|
146.6
|
47.77
|
出願7
|
-115
|
56.29
|
2
|
45.06
|
2509
|
43.82
|
5
|
44.08
|
145.2
|
46.82
|
出願8
|
-97
|
58.02
|
2
|
45.06
|
1898
|
41.77
|
4
|
41.75
|
144.9
|
46.62
|
出願9
|
-180
|
50.04
|
1
|
41.67
|
4832
|
51.59
|
9
|
53.38
|
143.3
|
45.59
|
出願10
|
-238
|
44.45
|
1
|
41.67
|
2822
|
44.86
|
5
|
44.08
|
131.0
|
37.50
|
出願11
|
-370
|
31.75
|
3
|
48.46
|
3152
|
45.97
|
6
|
46.40
|
126.2
|
34.34
|
平均値
|
-180.4
|
-
|
3.455
|
-
|
4356
|
-
|
7.545
|
-
|
150
|
|
標準偏差
|
103.9
|
-
|
2.945
|
-
|
2986
|
-
|
4.298
|
-
|
16.54
|
|
すなわち、2005年の実用新案登録出願の明細書Jの評価は、2005年の実用新案登録出願の件数が特許出願の件数と比べて、圧倒的に少ないという点も考慮して、表5の各数値指標の平均値に基づいて作成した明細書Jの評価を行うこととする。
偏差値は、表3で算出した各指標の平均値と標準偏差を利用する。
実用新案登録出願の明細書Jの数値指標①②③(表5の平均値)を求めて、ExcelのセルA1、A2、A3に入力する。
偏差値A1’、A2’、A3’は、母集団(標本)における各数値指標①②③の平均値と標準偏差を使用して求められる。そして、総合数値指標D1は、総合数値指標D1=A1’+A2’+A3’として求められる。具体的な計算式は、6.1Xが作成した明細書への適用例 に記載した通りに行う。
表3の各数値指標の平均値と標準偏差を使用して偏差値を求め、その結果を表6に示す
表6 実用新案登録出願の明細書Jの数値指標
明細書
の表示
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の
字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
J
|
-180.4
|
55.55
|
3.455
|
42.35
|
4356
|
37.61
|
7.545
|
43.62
|
135.5
|
41.96
|
総合的には、偏差値が41.96という結果で特許出願全体に比べて悪いが、①−請求項数の字数が偏差値は、請求項がコンパクトに表現されていて特許出願全体に比べて高いということである。全体ボリュームが、すなわち②請求項の数、③明細書の字数が、平均して圧倒的に少ないので、特許出願全体に比べて悪い結果となった。
6.3国際出願の明細書への適用
次に、国際出願は、2005年の出願件数は、特許出願に比較すればかなり少ない。
2005年の出願の各数値指標とそれらの平均値は以下の通りである。
表7 国際出願(国際出願日が2005年)
番号
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
出願1
|
-64
|
66.47
|
69
|
60.35
|
242668
|
78.74
|
181
|
78.52
|
205.6
|
78.93
|
出願2
|
-247
|
52.76
|
26
|
47.19
|
75105
|
53.73
|
60
|
53.03
|
153.7
|
51.92
|
出願3
|
-628
|
24.24
|
119
|
75.65
|
60959
|
51.62
|
60
|
53.03
|
151.5
|
50.78
|
出願4
|
-248
|
52.69
|
30
|
48.41
|
28447
|
46.77
|
28
|
46.28
|
147.9
|
48.89
|
出願5
|
-290
|
49.54
|
40
|
51.47
|
23834
|
46.08
|
33
|
47.34
|
147.1
|
48.49
|
出願6
|
244
|
52.99
|
21
|
45.66
|
27175
|
46.58
|
25
|
45.65
|
145.2
|
47.51
|
出願7
|
-240
|
53.29
|
14
|
43.52
|
35664
|
47.85
|
34
|
47.55
|
144.7
|
47.21
|
出願8
|
-266
|
51.34
|
14
|
43.52
|
12669
|
44.41
|
14
|
43.33
|
139.3
|
44.41
|
出願9
|
-353
|
44.83
|
34
|
49.64
|
15283
|
44.80
|
21
|
44.81
|
139.3
|
44.41
|
出願10
|
-270
|
51.04
|
8
|
41.68
|
18806
|
45.33
|
31
|
46.92
|
138.1
|
43.78
|
出願11
|
-273
|
50.82
|
12
|
42.91
|
10495
|
44.09
|
15
|
43.55
|
137.8
|
43.65
|
平均値
|
-283.9
|
-
|
35.18
|
-
|
50100
|
-
|
45.64
|
-
|
150
|
|
標準偏差
|
133.6
|
-
|
32.68
|
-
|
66992
|
-
|
47.46
|
-
|
19.21
|
|
すなわち、国際出願(国際出願日が2005年)の明細書J(平均)の評価は、表7の各数値指標の平均値に基づいて、表3の数値指数の平均値と標準偏差を利用して、作成した明細書Jの近似的評価を行うこととする。近似的評価を行うことができるのは、国際出願の件数が特許出願に比べて少ないからである。
国際出願の明細書Jの偏差値は、2005年特許出願の各指標の平均値と標準偏差(表3を参照)を利用して計算して求める。
国際出願の明細書Jの数値指標①②③(表7の平均値)を求めて、ExcelのセルA1、A2、A3に入力する。
偏差値A1’、A2’、A3’は、母集団(標本)における各数値指標①②③の平均値と標準偏差を使用して求められる。そして、総合数値指標D1は、総合数値指標D1=A1’+A2’+A3’として求められる。具体的な計算式は、6.1Xが作成した明細書への適用例 に記載した通りに行う。
表3の各数値指標の平均値と標準偏差を使用して偏差値を求め、その結果を表8に示す
表8 国際出願の明細書Jの数値指標
明細書の
表示
|
①−第1請求項の字数
|
②請求項の数
|
③明細書の
字数
|
全頁数
(参考)
|
④総合数値指数
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
数値
|
偏差値
|
J
|
-283.9
|
48.46
|
35.18
|
85.19
|
50100
|
100.5
|
45.64
|
72.75
|
234.1
|
114.3
|
総合的には、偏差値が114.3ということで、①−請求項数の字数が偏差値は、やや特許出願全体から見ればやや悪いものの②、請求項の項数、③明細書の字数(全頁数)が特許出願全体に比較して圧倒的に偏差値が高く、総合数値指数の偏差値も圧倒的に高い。
6.結論
本論説は、従来の数値化しない定性的評価要素に代えて、数値指標に基づいて良い明細書作成についての定量的評価方法を試みようとするものであったが、総合数値指数を用いた評価方法を適用してみて、満足できる結果を得ることができたと思われる。
本定量的評価方法の良い点は、PATOLISで検索され母集団(標本)に対して、各数値指数の平均値と標準偏差を予め求めておいて、明細書作成者Xの作成した明細書Jの総合数値指標の偏差値を算出することにより、明細書作成者Xの作成した明細書Jの全体における位置付けを行うことができたことである。
また、本定量的評価方法として、特許出願の明細書と実用新案登録出願の明細書、特許出願の明細書と国際出願の明細書の比較をも行うことができた。
7.おわりに
良い明細書作成とは何か?は、特許に関して最も基本的な問題であるが、これを定量的に評価する方法を試行することができた。従来云われてきた定性的評価要素の代わりに数値指標を設定し、母集団(標本)の各数値指標と総合数値指標の平均値と標準偏差を予め算出しておき、明細書作成者Xの作成した明細書Jの偏差値を求めることにより、全体における明細書作成者Xの全体における位置付けをすることができた。
後は読者諸氏のご批判、ご意見を戴ければ幸甚と存じます。最後に、色々とお世話になりました関係各位に深く感謝の念を表します。
以上
注
(1)明細書とは、特許出願の際に願書に添付して提出する書面であって、権利を取得しようとする発明の内容を記載したものである。発明内容を適切に示すために、図面と併せて提出される。
明細書の中に図面を含めて考えることも可能であるが、本論説では別個に取り扱うこととした。
特許請求の範囲とは、特許として権利を請求する技術的な範囲をいう。
(2)特許の知識[第7版]−理論と実際 2004年3月11日 第1刷発行 竹田和彦著 ダイヤモンド社発行
(3)改訂5版 特許明細書の書き方−より強い特許権の取得と活用のために−発行:財団法人経済産業調査会 平成19年(2007年)3月15日 初版第1刷発行伊東忠彦 監修
(4)判例に学ぶ特許実務マニュアル 山内康伸 著 株式会社工業調査会 発行 2007年7月1日 第4版1刷発行
(5)明細書の数値指標とは、明細書評価要素の中で数値化できる指標をいい、これを用いて、良い明細書作成の評価を行うものである。
例えば、野球の打者を評価する数値指標は、打率、ホームラン数、打点が古くから考えられていたが、出塁率は、打率に比べ注目が低く特に記録もされなかったが、最近、一躍注目されるようになった。
出塁率が、投手との勝負において、負けなかったことを示し、チームの勝利に貢献する良い打者の数値指標としては、出塁率の方が優れていることが、統計学の野球への応用を通じて裏付けられたからである。
出塁率とはアウトにならない確率であり、野球は3つのアウトを取られるまで攻撃が終了しないため、出塁率の高い打者は得点力の高い打者であり、チームの勝利に貢献する確立の高い打者である。
この出塁率に最初に注目したオークランド・アスレチックスのGM ビリー・ビーンは、出塁率が高いがその他の理由で試合に出られない他チームの選手を格安で集め、地味だが得点効率の高いチームを作った。
また、出塁率+長打率は、シンプルな式ではあるが、強打者を正確に表す数値指標として高い注目を集めている。実際のところ強打者を正確に表わす総合数値指数が見つかれば、全体の総合数値指数の平均値と標準偏差を求めて、スカウトしようとする強打者の全体における位置付けを知ることが可能となる(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋)。
(6)「良い明細書作成」とは何か?(定性的評価)において、定性的評価とは、数値化できない文章で記載された評価要素に基づいて行なう評価を云うものとする。
(7)例えば、作成された明細書が良いか悪いかは、主として出願人すなわち企業にとって役に立つかどうかで判断されるであろう。
事務所の立場に立てば、如何にすれば最小労力でクライアントたる出願人(企業)を満足させることができるかに主眼が置かれ、特許庁の立場に立てば、如何にすれば審査が容易となるかに主眼が置かれることになるであろう。
(8)「広い特許」とは、記載されたクレーム表現において、権利の効力の広い特許をいうものとする。
な6、無効理由があって効力範囲が結果として狭い特許(広い特許の対極)は、クレーム記載は良いが、明細書のサポート要件充足が不十分であり(明細書記載が悪い。)、広い特許であるが、弱い特許(強い特許の対極)でもあると言えよう。
(9)吉藤幸朔著「特許法概説(第8版)」有斐閣発行,p.213
(10)発明者は、多記載クレームの方が技術的に高度であり、特許としては多記載クレームの方が高度であるとよく勘違いし勝ちであるので注意を要する。
この誤解は、開発者は、開発資金を投入して技術開発を進めて、発明内容が充実すればするほど、発明(開発)は完成に近づき、最終的に完成した発明(多記載クレームの発明)は、初期の発明より権利としても価値が高いと判断し勝ちであるからである。
(11)キルビー判決(平成12年4月11日最高裁判決「特許に無効理由が存することが明白なときには、権利行使することは権利濫用で許されない」との判決を下した(無効の抗弁の容認))。を受けて、平成16年特許法が改正され、「特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者は権利行使ができない(特許法第104条の3第1項)」と規定された。
(12)定量的評価とは、数値化できる数値指標に基づいて行なう評価を云う。
(13)本論説では、良い明細書作成に焦点を絞ったため、特許出願、あるいは特許の権利書としての評価する場合の数値指標は、被情報提供数、被異義数等のデータが考えられる。
本論説では、特には触れないこととする。
(14)数式は以下の通りである。
A1’=(A1−μ1)/σ1 …(2−1)式
B1’=(B1−μ2)/σ2 …(2−2)式
C1’=(C1−μ3)/σ3 …(2−3)式
D1’=(D1−μ4)/σ4 …(2−3)式
ここに、D1=A1’+B1’+C1’
μ1、μ2、μ3は、表3における数値指標①②③の平均値
σ1、σ2、σ3は、表3における数値指標①②③の標準偏差
μ4は、表3における総合数値指標の平均値
σ4は、表3における総合数値指標の標準偏差
である。
On Evaluation of Specifications by Numerical Indexes
Tominori Sato